
「子供の変化に気づけなかった。母親失格かも…」
仕事をしながら子育てをしていると、そんなふうに自分を責めてしまう瞬間がありませんか?
忘れ物に気づかなかった。体調の小さな変化を見逃した。外では仕事をきちんとこなしているのに、家に帰ると、子供のことで抜けがあるたびに「母親なのに」と落ち込んでしまう。そんなお母さんは、少なくないと思います。
私にも、そんな時期が長くありました。アスペルガー傾向のある夫と暮らしていた頃は、家のことも子供のことも一人で抱え込んでいて、抜けがあるたびに自分を責めていました。夫から、重ねて責められることもありました。
けれど今振り返ると、私を責めていたのは「気づけなかった出来事」そのものではありませんでした。私の中にあった、「良い母親」の基準だったのです。
この記事では、「母親失格」と感じてしまう仕組みを、2つの「良い母親」の基準から整理します。そのうえで、私の体験から生まれた、基準を見直すための3つの問いをお伝えします。
「母親失格」と感じるのは、基準が「守り切る」になっているから
私は、「良い母親」の基準には大きく2つあると考えています。
基準A:「子供を壊さないよう守り切る」
子供に起こりそうな困りごとを、起きる前に察して、先回りして防ぐ。何かが起きたら、それは察しきれなかった母親の責任、と考える基準です。
基準B:「子供の生きる力を信じて手渡す」
子供には自分でなんとかする力があると信じ、任せられることは手渡していく。そのうえで、本当に手助けが必要なときには、気づいて支える基準です。
基準Aのものさしで測ると、見落としはひとつ残らず「失格」の証拠になります。仕事と子育てを両立していれば、気づけない日があるのは当然のことです。それでも、見落とすたびに自分に×をつけてしまう。責めているのは誰かの目ではなく、自分の中のものさしです。
基準Aが間違っている、ということではありません。子供が小さいときや、心が深く傷ついているときには、守り切ることが必要な時期もあります。苦しくなるのは、その基準を、子供が育ったあとも握りしめたままでいるときです。
イギリスの小児科医で精神分析家のD・W・ウィニコットは、「ほどよい母親(good enough mother)」という考え方を示しました。はじめは赤ちゃんの求めにほぼ完全に応え、子供が育つにつれて、すべてには応えきれない場面が少しずつ生まれていく。でもその完璧ではない「ほどよさ」が、子供の育ちを助けるという考え方です。乳幼児期についての考え方ですが、私の言う基準Aから基準Bへの移り変わりにも、通じるところがあると感じています。
アスペルガー夫のもとで、「守り切る」基準が強くなっていた理由
私の場合、基準Aがとくに強くなっていたのは、アスペルガー傾向のある夫と暮らしていた頃でした。
アスペルガー傾向のある旦那さんの中には、子供の気持ちの揺れを読み取ったり、言葉にしたりすることが得意でない方もいます(個人差があります)。夫の場合も、そうでした。
夫は、何でも自分で決める人でした。たとえば休日に「今日はどこに行く? 科学博物館? 鉄道博物館?」と息子に聞きながら、息子が「うーん」と考えているうちに、「じゃあ、科学博物館にしよう」と決めてしまう。息子の気持ちがどう動いているかには、あまり目が向きませんでした。
体調についても同じでした。前日から息子が少し風邪気味で、今日は家でゆっくりさせてあげたいと私が思っていても、夫は朝から息子を連れて出かけていく。そして翌日に息子が熱を出す、ということも少なくありませんでした。
彼の父親は、仕事が忙しく、週末にもあまりかまってもらえなかったそうで、その父親との関係性が反面教師となり、夫は、週末は息子と精一杯遊ばなければ!と強く自分に課していたようです。夫は一度決めたマイ・ルールを守ることが大切で、息子の心や体には目を向けていなかったのです。
そうなると、息子の心と体の変化を受け止める役目は、自然と私ひとりに集まります。私の中で、「子供を壊さないよう守り切る」基準が強くなっていったのは、いま思えば無理もないことでした。
加えて、私の場合、夫が息子を連れて家を出た「家空っぽ事件」のあと、息子が家に帰ってきてからしばらくは、息子の心を支えることで頭がいっぱいでした。小さな見落としを自分に許せなかったのは、いま思えば自然なことでした。
👉 「家空っぽ事件」 (noteで読む)
「良い母親」の基準を見直す3つの問い
「母親失格」と感じたときは、出来事そのものではなく、自分がいま使っている基準を見直してみてください。私が自分に向けている問いは、次の3つです。
問い1:その基準は、いまの子供に合っている?
「子供を壊さないよう守り切る」という基準Aは、子供が小さかった頃や、心が深く傷ついていた時期に必要だったものかもしれません。でも子供の心と体は、日々成長していきます。いま自分が握っている基準が、「何歳の子供」に合わせたものなのか、少し見つめてみてください。
確かめ方の目安は、「この場面で、子供が自分でできることは何か」を考えてみることです。たとえば、小学生のうちは一緒に持ち物を確かめていたことも、中学生・高校生になれば、本人に任せてよいことが増えていきます。任せたことでうまくいかない日があっても、それは子供が自分で学ぶ機会でもあります。基準Aのままだと、その「任せてよいこと」まで母親の責任として抱え込み、気づけなかったたびに自分を責めることになります。
息子は、もう高校3年生になりました。あるとき、制服の夏服のズボンに穴が開いていたことに、私はまったく気づいていませんでした。基準Aで見れば「母親失格」ですが、その朝、私たちは二人で笑い合いました(このときのことは、noteに書いています→「「母親失格」と思った場面で、笑えるようになった理由」)。
問い2:その「気づけなかった」は、目に見える穴? 心のほころび?
「気づけなかった」ことには、2つの種類があります。ひとつは、制服の穴や持ち物のように、目に見える物理的な小さなこと。もうひとつは、心に穴が開く前の、小さなほころびです。
目に見える小さなことまで、全部に気づける母親でいる必要はないと私は考えています。大切なのは、心のほころびに気づけることです。「気づけなかった」と自分を責める前に、それがどちらの種類だったのかを分けてみてください。目に見える小さなことに気づけなかったことまで、「失格」の証拠にしなくていいのです。
分けるときの目安は2つあります。ひとつは、「子供自身が困っているかどうか」。もうひとつは、「あとから取り戻せるかどうか」です。制服の穴や忘れ物は、気づいた時点で手当てができます。子供本人がそれほど困っていないことも多いものです。一方、心のほころびは、子供の言葉や表情、ふだんの様子の「いつもとの違い」としてあらわれます。こちらは、早くに気づけると、手当てがしやすくなります。でも、心のほころびも、気づくのが遅いということはありませんので、少し時間がかかったとしても、ご自身を責めないであげて下さいね。
母親のエネルギーには限りがあります。仕事をしながら子育てをしていればなおさらです。そのエネルギーを、目に見える小さなことの見落としを責めることではなく、心のほころびに気づくことに使う。それが、問い2で私がいちばん伝えたいことです。
問い3:気づいたとき、私はどう動ける?
基準B「子供の生きる力を信じて手渡す」に移ることは、子供を放っておくことではありません。手渡すためには、「もし何かが起きそうになっても、私は気づけるし、支えられる」という、自分への信頼が要ります。
いまの私は、息子の心に「いつもと違う」小さなほころびが出たときには、それを感じ取れるという手応えを持っています。そして、気づいたときには支える手立てもある程度あります。息子を信じているのと同じように、自分のことも信じられるようになってきたからです。だからこそ、目に見える小さなことに気づけなくても、自分を責めずにいられるのだと思います。
私の場合、その支え方の土台は、感情カウンセラーとして身につけた聴き方です。特別な時間をとるのではなく、ふだんの会話のなかで、話をさえぎらず、評価せずに耳を傾ける。それだけで、子供の中にたまっていた気持ちがほどけていくことがあります。
「気づいたら、私はこう動ける」。それをひとつでも言葉にできると、全部を先回りして守らなくても大丈夫だと、思いやすくなるかもしれません。たとえば、「話を最後まで聴く時間をつくる」「必要なら、一緒に相談先を探す」。特別なことでなくてかまいません。自分にできる支え方がひとつ見えているだけで、目に見える小さなことへの見落としを、必要以上に責めずにすむようになるかもしれません。
基準を手放しても「心のほころびに気づける母親」でいられる
基準Aを手放すことに、不安を感じるお母さんもいると思います。「守るのをやめたら、何か大事なことを見逃してしまうのではないか」と。
けれど、基準を手放すことは、子供への関心を手放すことではありません。手放すのは、「目に見える小さなことまで全部に気づかなければならない」という思い込みのほうです。心のほころびに気づく目は、そのまま持っていていいのです。子供の心を気にかけることと、全部を先回りして守ることは、別のものです。
もしあなたが「母親失格なのではないか」と感じるほどご自身に厳しくなれるのは、それはお子さんのことをこれまで真剣に考えてきた証拠です。その気持ちはそのままに、基準のほうを、子供が育つのに合わせて持ち替えていけばいいのだと思います。基準は、子供の成長とともに変わっていいものです。
まとめ
- 「母親失格」と感じるのは、出来事そのものより、「壊さないよう守り切る」という基準で自分を見ているから
- 基準を見直す3つの問いは、①その基準は、いまの子供に合っている? ②その「気づけなかった」は、目に見える穴? 心のほころび? ③気づいたとき、私はどう動ける?
- 私の場合、基準を「信じて手渡す」へ変えても、心のほころびに気づく目は持ち続けられた(個人差があります)
いまの基準に気づけると、「母親失格」という言葉の重荷を、少しずつ下せるようになるかもしれません。
よくある質問
Q. 「母親失格」と感じてしまうのはなぜですか?
A. 子供の変化に気づけなかった出来事を、「壊さないよう守り切る」という基準で見ていることも一因にあると私は考えています。この基準で見ると、気づけなかったことがすべて「失格」の証拠になってしまいます。
Q. 「良い母親」の基準は、どう見直せばいいですか?
A. 「その基準は、いまの子供に合っている?」「その『気づけなかった』は、目に見える穴?それとも、心のほころび?」「気づいたとき、私はどう動ける?」の3つの問いを、自分に向けてみてください。基準を見直すきっかけになります。
Q. 子供の心の変化に気づけるか不安です。
A. まずは、目に見える小さなことと、心のほころびを分けて考えてみてください。全部に気づこうとしなくて大丈夫です。お子さんの心配な様子が続くときは、ひとりで抱えず、学校や専門家に相談することも選択肢のひとつです。
ーーー
※私は民間資格を持つ感情カウンセラーです。この記事は個人の体験にもとづくもので、医療ではありません。
この記事に「私のことかも」と感じた部分があったなら。
「自分軸で生きるメルマガ」は、そんなあなたに向けて書いています。
感情との向き合い方、自分軸を取り戻すためのステップなどの具体的な内容を、一通ずつ丁寧にお届けしています。
登録特典「心を軽くして本音に近づく5Daysレッスン」
5日間の無料メールレッスンで——
- 出てきた感情を、蓋をせずに感じきるヒントになります
- 揺れたときに、自分の心を守る距離のとり方が見つかります
- 自分の本音に、少しずつ近づいていくヒントになります
感情整理・夫婦関係・子育てなどに悩む方に寄り添ってきた経験から生まれたメッセージです。
▼ 自分軸を取り戻す旅を、ここから始める ▼